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カズオ・イシグロのオススメ小説『わたしを離さないで』を読んだ感想と感動

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またダメだったかあ。

嫁も僕も大好きな村上春樹さんは今年もノーベル文学賞を逃したようだ。

・ノルウェイの森

・羊をめぐる冒険

・海辺のカフカ

もちろんそれら小説は好きだったけれど僕が何より好んだのは村上朝日堂シリーズ。

スカスカの神宮球場の話や彼の大好きな引っ越しの話。

それらは別に心を惹かれるストーリーではなくて、ただの雑記。いわゆるエッセイなんだけれど。ふとした時に思い出したようにパラパラとそのページを読みたくなる魅力に溢れている。

小説家としてよりも随筆家としての村上春樹さんが好きな人はきっと僕だけではないとおもう。

そしてそんな彼のどこかユーモアがあって心地よい文体。それを真似しようと思ったことが何度あっただろうか。数えきれない。

やれやれ。

 

カズオ・イシグロさんって誰だ?って思ったけれど作品は身近なところに

今年、2017年にノーベル文学賞を受賞したのはカズオ・イシグロさんという日系イギリス人の作家だった。

その受賞理由として

『彼の小説は偉大な感情の力をもって、我々の世界とのつながりの感覚が、不確かなものでしかないという、底知れない奈落を明らかにした』

と賞の発表者であるスウェーデン・アカデミーは挙げた。

それ自体がまるで小説のような言葉。ピンと来ないという人は多かったかもしれない。

彼の本を読んでその言葉に対して思うことは、

・僕らが社会に対して感じる、どこか不穏な空気感やその手触り。

・それは世界と個人の心を結ぶ無意味さとやりきれなさを示している。

こんな感じだろうか。

現在62歳になる同氏。5歳の時に海洋学者の父がイギリス政府に招かれた事で家族で渡英して後に国籍を取得したようだ。

28歳の時に長編第1作となる『遠い山なみの光』で小説デビュー。ここでイギリス王立文学協会賞を受賞。

僕はこの本を大学の図書館で読んだことをまだ覚えている。

舞台は戦後の長崎を主人公が回想する所から。

淡白に描かれた情景の中に隠れた悲しみ。

どうすることもできない運命に対して不安定な心変わりはその圧倒的な戦後のリアリティーさをもって読者を引き付ける。この描写を外国籍の日本人がしているという現実に僕は今更驚いた。

その後、英国貴族に仕えた執事が語り手としてその想いを綴った『日の名残り』が発表。

映画化もされた同作品は彼の名を世界へと知らしめた。

そして彼の経歴を知っていく中で驚いたことが1つあった。

僕が昨年の冬見ていたドラマ『わたしを離さないで

この原作者がカズオ・イシグロさんだったなんて。

 

わたしを離さないでという視聴率がとれなかった名作ドラマ

わたしを離さないで DVD-BOX

わたしを離さないで DVD-BOX

 

 

出演:綾瀬はるか、三浦はるま、水川あさみ

それを見てもわかるようにこのドラマ。間違いなくTBSはその制作に対して大きく力を入れた意欲作。脚本家は『JIN-仁』を手掛けた森下佳子さん。

ただ視聴率は全く振るわなかった。2桁にいくことは1度もなく最終回も6.7%。

金曜22時という、サラリーマンが心地よい疲労感に身をゆだねているであろうその頃。

その時間帯に『人間をクローン化してその犠牲の上に人は生きる権利があるか。』

また、そんな人間の本質について考えさせることは少し場違いだったのかもしれない。

この時間テーブルに求められるのはもっと軽いエンターテイメントコンテンツ。

あまりにもこのドラマのテーマは重すぎたのだと僕は思う。臓器提供。クローン、世界に対して抗わない登場人物たち。

物語の冒頭が臓器移植手術、人体の焼却にはじまるそのシーンも多くの人のその視聴の継続をあきらめさせるには十分だった。

嫁と一緒に見ていたが二人していつも言っていたこと。

『このドラマはしんどい。』

心にずんずんくる。とことん重い。

しかし僕らは最終回までそれを見続けた。中毒性があったのだこの作品には。

 

ある意味SFチックといえるその内容であるが、これは間違いなく現代社会への風刺であるように僕は思えた。多くの葛藤や差別、また愛がそのコミュニティの中で産まれるのだが世界はそれに対して驚くほど無関心。

また、臓器を提供するという運命から逃げる事も許されず淡々とそれを受けいれていく主人公。

ある種、異様さすら僕は感じた。

その視聴率の低さのせいもあってか評価されることが少ないドラマではあったが見る人の心に与えるその『重み』については他の作品の比ではないように僕は思う。

 

小説『わたしを離さないで』を読んで新しい世界に出会えた

 

Kindleはやっぱりすぐに読めて便利。今回ノーベル文学賞をカズオ・イシグロさんが取ったということもあって売切れ状態の同書だけれどすぐに読むことができた。

『介護人』をするキャシーの穏やかな語りによって幼いころの懐古をもとに展開されていくそのストーリー。

舞台はイギリスの片田舎にある閉鎖的な施設。そこでは『提供者』と呼ばれることになる少年少女たちが暗黙のルールを感じ取りながらも楽しく生活を送っていた。さながらそれはある3人に焦点をあてた青春小説のような部分もある。

ただし、読み進めていくと気づき始めるその違和感。

そこには救われることのない未来があり、またその運命に対して逆らうことをせずにただ受け入れていく彼・彼女らがいる。

淡々としたスローテンポの語り口の中で、緻密すぎるほどに書かれた彼らの成長や心理変化。

それは読者である僕に対して

・自分もまた彼らと同じ理解を世界に対して持つこと

・生きることの悲しみや葛藤

を投げかけているようにも思えた。

 

原作を読んだあとにドラマに対して思う残念さ

原作を読んでドラマのことを考えてみると、脚本家の優等生っぷりがその小説としての良さというか味わいをなくしているような部分がいくつか見えた。

特にそのドラマ最終回の部分について。

予定調和のような結末と安易な視聴者への問題提示。僕はそれが蛇足にしか見えなくなった

ひとつの物語として完結させたいという思いが脚本家にはあるのだろうか。

ところどころにおいて、話をこぎれいにまとめたいという製作者の見えざる意志をそこに感じた。

 

カズオ・イシグロさんの特徴である、結論の見えない淡々とした世界観。

また、淡泊な語り口でありながらもそこに不安定に漂う感情の機微。

これらは全ては静的なものであり、文章でこそ表現されるべきものだ。

名優でも表現ができないからこその文学賞なのではないだろうか。

それを理解しようとせずに安易に二極対立構造的にドラマを仕立てて解決をはかったこと。僕はそれを非常に残念に思う。臓器移植やクローン人間という舞台はあくまでその設定にしか過ぎず作者はその非倫理性に警鐘をならしたいわけではない。

 

ただしこのドラマは僕にその本を読むきっかけを与えてくれた。

僕は死ぬまでにあと何冊の本を読むのだろう。

しとしと降る雨のような、静かに重い読後感のあるこの本を僕はもう読むことはないかもしれない。ただその出会いには感謝しかない。

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