この記事は2017年9月20日に追記・編集をしています
人を卑下したり
人と自分を比べて優位性を築こうとしたり
人を蔑んだり
人を認めれなかったり
こういう感情が自然と起きないんだよなあ。
僕はよく、一般家庭よりはとか、あの人よりは幸せだとかお金があるとかしょうもないことを考えていたりするんだけどこう思っている時点でもうたいして幸せでもないんだろうなあ。
子供のとき初めてのゲームを買った夜のあのワクワクする幸せ。
あれは僕本来から生まれ出ててそれは決して他の誰かと比較することじゃなかった。他の誰かと遊ぶことで幸せはさらに広がった。
いつからこんな誰かと比較ばっかするようになったのかなあ。
受験勉強とかし始めたくらい?
いい大学出たってそれからが本番みたいなものなのになー。別にいい大学でもないけど。
ただ、結婚して子供ができて家を買って。
殆ど無資産になることで気づいた幸せは最近にはなかったことかもしれない。
どうしても誰かと比較してしまう僕のしょうもない幸せはやっぱりつまらないものだ。
人生は過程を楽しむものやでってオトンも言ってたしやっぱりまだまだ僕はしょうもない男だなあ。
1年後に思ったこと
こどもが1歳半になって、共働きを経験して疲れたりしたけれど。
自分が幸せかどうかなんては振り返る暇もないくらい忙しかったり思い悩んだりしたなぁと思う1年間だった。
幸せですか?ときかれたとき
・仕事はそんなにいやじゃない
・家庭も喧嘩するけれどまぁまぁ仲がいい
だから幸せですとか言ってしまうのかもしれない。
でもこれってそれこそ1年前に思っていた、誰かと比較して感じる幸せであってちょっと本来の幸せとは違うのかなと思ったり。
また1年後ここに追記したいなと思う。