共働きサラリーマンの家計簿

共働きサラリーマンの家計簿

アラサーの投資+雑記ブログ

2018年3月家計簿は支出421,518円 ブログやってて良かったと思えた1ヶ月だった

支出合計421,518円

・食費 89,294(外食29,294)

・保険 47,178

・通信費 10,419(スマホ5,395)

・住居 63,906

・税金 8,592

・こづかい 60,000

・日用品費 30,942

・交通費 23,461

・医療費 5,310

・遊興費 22,703

・光熱費 24,713(電気9,436ガス10,511水道4,766)

・投資 35,000

 

収入は246,878円。(ブログ収益はのぞく)

うーん。ボーナス依存。

育児休業給付金が振り込まれなさすぎ。嫁の会社の手続きが遅すぎる。1人目に続いて今回もギリギリ。

結構な大手企業。なので意味が分からない。

みんな文句言わないのかな。まあいいけどさ。

 

育児休業給付金は申請期限があるからね

今後子供産む人のために書いておく。

・育児休業給付金の手続きは基本的には会社が行う。

・会社からもらった資料に記入するだけ

・ただし会社の手続きが漏れれば給付金は貰えない。

 

育児休業給付金の申請には期限がある。

育児休業開始日から4ヶ月経過した日の月末。

ちなみに出産日から58日後に育児休業は開始。

 

例えば10月1日に2人目ができた我が家なら、11月28日から育児休業は開始して、申請期限は翌年の3月末となる。

 

普通はこんな感じでお金は貰える(月給25万として)

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(こちらのサイトで見てみて)

はじめに貰えるお金は出産手当金。育児休業給付金とは異なるので注意して欲しい。

 

10月に出産なら普通は2月受給。でも貰えず

 

3月中盤になってやっと嫁の会社から速達でハローワークへ送るための資料が届いた。返信用封筒(速達)までついて。

ギリギリまで育児休業の申請手続きをしてなかったという事。もし資料が4月になっていたら1回分の給付金が貰えない。

 

今後出産をする人は、マジで気をつけて!

なんなら産む前に総務に注意しておこう。

手続き遅れたら許さないからと_φ(・_・

 

含み益がなくなる事と含み損をかかえる事は違った

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ついに含み損に突入した。

つみたて投資で含み損を抱えるってのは自分の過去を否定されるにも似た感覚で。

普通に辛い。

 

買い増しをするお金はある。

でもやめようと思っている。家族のお金では教科書通りの投資がしたいのだ。 

・特定口座は安定的なポートフォリオでGPIFの真似

・iDeCoとNISAはアメリカ株

 

これでいい。大金持ちを目指さない。

アメリカ株は全世界の時価総額の半分以上を占めているし、投資内容はそこまで批判を浴びるものでもないはずだ。

 

僕は自分の無能さを知っている。

だからこそ仮想通貨には投資できなかった。そしてタイミング投資もしないでいきたい。

仮想通貨は今後上がると考えている。でも家族のお金ではやらない。

あれはミスるとインデックス投資で挽回するのは相当きつい。そんな焦りから色んなリズムを壊しそう。それが怖い。

 

ナチュラルにタイミング読めるみたいな考えって怖い

ある程度投資に対して似た感覚を持つ人ほど多かったりする。タイミングみて買おうと思ってますみたいな発言。

タイミングって何?

と思いながら何も言わないようにしている。でもやっぱり違和感がある。

 

・ダウは2万円を超えた時、高値と言われた

・日経平均なんて7,000円台の時もあった

 

そう考えると今は十分高値だよね。

 

賢者多すぎ問題

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基本的にこのピラミッドは変わらないと思う。

でもみんなどこかで、自分はその上の層に行けるのではないかみたいな考えをもっている。

もちろん自分も。

 

賢い人ほど投資は失敗しやすいのかもしれない。

ナチュラルに自分は相場が読めるとか考えていたりする。失敗をさらけ出しながらも自己のみで消化する。人からの指摘は真に受けない。

そんな感じ。

まああくまで僕の私的感覚。

 

ブログがバズった

www.shunpon.com

 

この記事が多くの人に読まれた。1日で10万人以上。

嬉しかったのは、結構な人が最後まで読んでくれたこと。なかなかそういうのが書けなかった。

 

・読者から来るコメントやメール

・自分がつたえかったこと

見当違いなほどズレていることは多かった。読者は暇じゃ無い。つまらない文は読んでくれない。だから仕方がないことでもある。

 

でも今回は違った

それが批判にしろ肯定にしろ、みんながおもいおもいのフレーズに対して反応をしてくれた。

 

・ラーメンの大盛りを自分も頼むとか

・嫁さん小遣い2万はひどいとか

・奥さんが稼いでるから言える話だとか

・大手にいることがオモリってのが響いたとか

 

タイトルに対する意見ではなくて、文章の内容に触れてコメントが貰えたこと。それが嬉しかった。

そして僕は結局のところアフィブロガー。でもみんなそこは批判しないんだなーって思った。昔みたいにアフィリエイトってそこまで嫌悪感抱かれないのかな。

それもまた嬉しかった。

 

この記事が僕は正しいとは思わない。所詮惚気だから。でも一貫して変わらないことは仕事が好きな奥さんを貰うと男は楽だってこと。

高収入とかじゃなくて仕事が好きなってとこがミソね。

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30歳なのに名前入りケーキ作ってくれてワロタ。

 

ただし好きなこと書いていきたい

1000を超えるハテブや膨大なPV。

嬉しい反面しんどかった。

ただし今まで通りを続けようと思った。

 

書くことが好きだ

唯一、救われる場所がブログだった。

だからこそ、そこで自分を虚飾してしまうことはそんな自分の居場所を失ってしまう。それは何より怖かった。

 

でもフォロワーが増えることは嬉しいしコメントがもらえることも嬉しい。
だから難しいなって思った

ただやっぱり、僕は少なくともネットくらいは自由に生きたい。だから今のままを続けたいな。

光回線のアフィ記事も書いた。(尚…)

 

友達が読んだ本をメモできるサービスを出した

bookwith.net

(読んだ本を管理できるサービス)

読書メモという読んだ本をメモするサービス

"余計な機能とかいらないよね"

"見やすくて使いやすいのが欲しい"

そんな彼の本への想いが詰まったサイト。

 

まだまだ試行錯誤中のようだけれど、1つのプロダクトを作り上げたことがすごいよね。

 

彼とは大学の頃からの友達。

毎週金曜の夜はスカイプでいろんなことを話す。2人とも新卒で大手企業に入った。いろいろなことがあって僕らはどちらも今そこにいない。

 

思えば団体行動が大学の頃からダメな2人だった。

ゼミ旅行でベトナムに行った時も。

周りはJETROに取材にする中で僕らは行かなかった。それが目的の研修旅行にも関わらず。

動物園に2人で行ったあと現地のゲーセンでコンティニューを繰り返していた。何しにベトナム行ったんだろうな。

 

思えばもうあれから10年近くなる。

互いに言うことはしなかったけれど、人付き合い不器用だったね僕らは。群れを嫌うくせに相手して貰えないのは本当は寂しかった。

あくまで僕はね。でも君もきっと同じだろ?

 

『サービスを出すことは怖いけど自分を知ってもらうには最適だね』という話をした。

一時期Webライターになりたい時があったことを思い出した。でも手がかりが掴めなく諦めた。

 

ブログを書いて多くの人に読まれることで、ライターとしての仕事を依頼してくれる人が何人か出てきた

そういうつもりではじめたブログではないのに。

例えそれが自分の中で不完全なものであってもいくつも成果を出しておくことは大事なんだね。ライターとしてのそれはブログ記事なのかもしれない。

 

昇進があった

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(嫁の反応がホント笑えた)

能力とかじゃなくて、年功序列の繰り上がり。

本当にいい職場に恵まれた。

その反面、"会社に対して身を粉にして尽くしたいと思えない"という後ろめたさもあった。

 

上司から昇進を告げられたとき、本音を話した。

昇進を取り消されることも覚悟していた。

でもそんなことはもう上司は知っていた。そして

それでも君は頑張ってるよ

と言ってくれた。

 

僕は多分、この職場以上の環境を手に入れることはできないだろう。

・経理という好きな仕事

・少し面倒だけど、寛容な上司

そして会社規模も含めて。こんなところにはもう出会えない。でもやっぱり頑張れない。

僕は典型的なぶら下がり社員。

 

30歳になった

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3月最終日に中学校の友達3人と焼肉(マルイチ)→コメダ珈琲に行った。いつものルートは変わらない。

隣のテーブルには70歳代くらいの老人3人。

『〜のところの〜が死んだ』

『医療費まだ3割負担なんだけど、高いわ』

そんな話をしていた。

 

店を出るとY君が

俺らもいつかあんなこと話してるのかもな』と笑って言った。

K君は

その頃は不老不死ができてるぞ

と答えた。

確かにそんな未来もあるのかもしれない。

 

40年後の未来。あまり考えたこともなかった。でもなんとなくコメダ珈琲はまだあって。僕ら3人はそこにいるような気がする。

いくつかの変わらないもの。

それをずっと大事にしていきたい。