共働きサラリーマンの家計簿

共働きサラリーマンの家計簿

トランプ相場で稼いだお金は家の頭金に全て消え気づけばもう30歳間近。経理として働きながらも0から始めたインデックス投資と家計簿の再出発の記録です

陣痛から出産まで夫として立ち会いをして思ったこと

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夜中の3時過ぎだろうか。

『ちょっと痛い気がする』

お腹を少しさすりながらそう嫁が言った。

『陣痛?』と僕が聞くと、どうだろうと落ち着いた様子の彼女。

僕は陣痛に対してのその痛みを理解できない。ただ2人目を産む嫁にとっても特段それに詳しいと言うわけではなくて。

また、ピーク時には腰を金槌で殴られるとも言われるようなその痛み

慣れることなんてありえないからあまり変わらないよと嫁は教えてくれた。

特にその初期については

・痛みが訪れる感覚が長いこと

また

・1人目を産んだときとのその感覚が違う

ことからそれが陣痛と決めることは難しいようだった。

『寝てていいよ』と嫁は言い、うんわかったと僕は答えた。

 

4時過ぎに破水がおきる

何だか眠れないままボーッとしていると陣痛と思われるその感覚が20分おきから15分おきへと段々短くなってきたようで。

やっぱり陣痛のはず。

病院に行こうかと嫁に声をかけようと思う矢先

あっ破水した

と落ち着いて言う嫁さん。

パチンッって感じで音したでしょ?と僕に言うのだが絶対に音なんて出るはずない。

ただ彼女の感覚としてそれ程の衝撃があったということなんだろう。

痛みは伴わないけれど、その意思とは関係なく流れ出す羊水はなかなか気持ちが悪いようだ。

なぜかそんな事まで言うほど冷静な彼女。

落ち着いてる嫁さんとは違って急にテンパりだした僕。

とにかく病院に連れていかなければならない。それを分かっていながらはじめにしたこと。

文房具をカバンの中に入れることだった。

今思うと何を考えていたのか全く分からない。

 

急いで病院へ。ついたのは朝の5時

 

熟睡していた息子を起こす。入院するための荷物をまず車に入れてから病院へと向かう。

キチンと必要な荷物は事前からまとめてくれていた嫁さんは有能。というかしてなかったらマズイか。

法定速度を守って走っていたら何故か知らんが後ろにビッタリとプリウスがついて走ってくる。

・名古屋プレート✖️黒プリウス。

このコンボを嫌ってるドライバーは数え切れないほど居て、僕もその1人だ。

そしてますますその思いは強くなった。(うちの親父がまさにこれでもれなく地雷だ)

 少しすると諦めたように僕のタントを追い抜いていった。

 

やっとついた病院。15分しかかからないその距離がいつも以上に僕にはやたら長く感じた。もちろん自動ドアはあいていないのでインターホンを鳴らす。

鍵が空いて僕らは受付に。

今まで余裕があった嫁さんだけれど苦悶の表情になってきた。そして僕にポツリと話す。

今回はすぐ産まれるような気がする

 

5時30分に分娩室に移動。嫁さんが叫ぶ

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(旦那はこっちから見るわけだ)

夜勤であろう2人の看護師さんがすぐに嫁を分娩室に。僕も持って来た荷物と共にそこに入る。

いわゆる『ふーふーふー』が始まる。この病院はラマーズ法の『ヒッヒッフー』ではないらしい。

それをすることで呼吸に集中して痛みが少し紛れるようだ。

ただあまりの痛さにその効果があるかは自分でもよく分からないと嫁は後から話してくれた。

そしてこれは、力を入れてはいけないポイントでの”イキミ逃し”みたいな役割もあるようだ。(あとこれによってケツが裂けにくくなるらしい)

段々とそのタイミングが早くなりまた声も荒くなってきた。

息子が心配して起きる。

看護師さんは落ち着いた様子で、2人同じ顔して動揺する息子と僕に声をかけてくれた。

子宮口が開いてますからもう産まれますよ

 

俄かに信じられないその事実。嫁さんは1子目の時はそれが全然開かず、促進剤を利用しての約10時間にも及ぶ難産だった。

そして今回も、前日に行った健診では1cmしか子宮口が開いていないと言われた。

だからこそ出産までにはまだまだ時間がかかると思っていたからだ。

 

5時50分に先生が来て7分後には産まれる

サンダルを履いたラフな感じで先生がやって来た。個人病院は日曜日の朝ですら休みがないのは辛いだろうなと僕は思った。

先生は嫁の様子を少し見た後、傍らで見守る僕に言った。

旦那さん、カメラの用意はできとるかね

想定外の発言。

息子を抱きながらアワアワしている僕を察してくれた看護師さん。写真撮影の役を買ってくれた。

こんなところでも僕は役に立てない。

そして嫁さんの声が更に荒くなる。『イタイ』と叫ぶ嫁に対して『イテテテじゃないよ、もう少しだ』と答える先生。

そしてついに頭がでる。

そこからはグッと持ち上げながら引き出していくみたいな感じだろうか。
頭が見えて安心する嫁。すっかりその痛みはないようだった。

そこからは1分も無かったように思う。

嫁が子供を抱き抱えるまで。

 

5時57分ついに僕らの娘が産まれた

1人目の息子の時とは違い赤味を帯びた肌は彼女のその健康を示していて、

小さいながらしっかりと泣くその声はいわゆる天使のラッパと呼ばれても過大表現ではないように僕は思えた。

 

胎盤を見せてもらった。

グロいね』と嫁が言って僕は笑い泣きした。

 

10時くらいまでは痛みが残った嫁

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(病院の昼飯とは思えない豪華さ) 

それからも嫁さんは腰に鈍痛があるようで。お昼近くまで生理痛のようなその痛みが残ったようだ。

看護師さんに痛み止めを求めていたが、『我慢しなさいね』と言われて貰うことができない彼女は少しかわいそう。

でも何より安心した顔。

そう。嫁はやり切ったのだ。この大仕事を。

僕はこの鈍痛くらいなら嫁のぶんを変わってあげたいなと思った。痛いのは嫌だけれど。

 

そのまま僕らは分娩室にいた。

8時前に運ばれた朝ごはん。それを残さず嫁さんは息子と平らげた。

3匹のシシャモと納豆のかかったご飯。普段の僕らの朝食の数倍は豪勢だ。

僕のオカンからメールが来た。

『おめでとう。10時にいきますね』

そして到着。

買って来てくれたおにぎりを僕は残さずにガツガツ食べた。空腹は感じていなかった。

ただ腹は減っていたのだ。

そして僕らはやっと分娩室から個室へと移動した。

 

11時にオカンが帰って13時に嫁オカンが到着

11時を過ぎてまだ居座りダベるウチのオカン達。

ありがたいが嫁も僕も疲れている。

僕はさずがにねむかったので『夜に息子と行くからもう帰って』と親に話した。

そして少し仮眠を取ると今度は遠方に住む嫁のオカンが駅に着いた。

車で迎えにいく。

『まさかこんなに早く産まれるなんて知らなかったわ』と驚きながら話すお義母さん。

そりゃそうだ、僕だって分からない。まだ夢うつつなんだ本当は。

病院につくと産まれたばかりの赤ちゃんは泣き疲れたのかグッスリ寝ている。

お義母さんはまゆを細めて幸せそうにそれを見る。

子供への感情とはまたひとつ違うのだろう、孫に対しての気持ちというものは。

いずれにしてもオンリーワンであり他の何にも耐え難い。そんな経験こそが生きる意味であり糧のように僕は思う。

 

夕方に嫁とお別れ。オカンの家に

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(育児をして思う実家のありがたみ)

お義母さんに子供を見てもらうすきに仮眠を続ける僕。考えてみると僕がこの1日でしたことは仮眠だけなのかもしれない。

それほどまでに旦那の僕がやったことは何もない。

パパは頑張ってくれたよ

嫁はそれを息子と笑って許してくれた。

夕方になり日帰りをするお義母さんを駅に送った。

嫁が退院したら2週間ほど我が家に泊まりに来てくれるようだ。

正直なところありがたい。

僕は裏表のないお義母さんといることが楽であり、また好きだから。

 

そして嫁とのお別れ。退院は4日後。

まあ毎日面会にいくんだけれど。

安産だったからか7日間の入院の予定が4日間で済んだのはラッキーだったのかもしれない。高級な病院でもあるし。

荷物を持って実家へ行きご飯を食べた。

久しぶりに食べたオカンの魚の塩焼き。身がホロホロしていてめっちゃおいしい。

 

出産に立ち会って1日を終えて

陣痛、破水、出産、そして親にあわせるまで。

すべてを1日で終えて残ったのは疲労感ではなくて多幸感だった。

出産に立ち会ってよかった。

心が震えることはもうないと思っていた。

でも違った。

生命の誕生の瞬間はそれ自体が美しく感動的。

立ち会えるのであれば旦那も出産立ち会いをした方がいい。友達にはそう話そう。

それはもう巻き戻して体験ができるわけでもないのだから。

鼻が高くて二重だねと嫁は嬉しそうに僕に教えてくれた。でも正直なところ僕にはそれがあまりわからない。

また、指の本数がきちんと5本揃っているかを数えていた自分とは全く見ているところが違うんだなと思った。

きっと美人になってくれるはずだ。

でも何より健康でいてほしい。

結局のところそれだけだったりする。

空を見上げた。いつもより星が近くに感じる。