共働きサラリーマンの家計簿

共働きサラリーマンの家計簿

トランプ相場で稼いだお金は家の頭金に全て消え気づけばもう30歳間近。経理として働きながらも0から始めたインデックス投資と家計簿の再出発の記録です

共働きに疲れた

スポンサーリンク
/ /

基本的に僕は共働き信者だったのであまりそれに対してネガティブなことを言うのは嫌だったのだけれど。

最近になってどうにもやっぱりしんどい時があって。日記ブログなのにマウンティングしてそれを隠すのも変だからね。

もちろん共働きによる収入のリスク分散、そして自分が稼がないといけないというプレッシャーからの解放は自分にとって非常に大きい。

だからこそ、頭の中では今の方法が最適解であり、多少の苦難についても当たり前に起きることは分かっていた。つもり。

 

でもとりあえず共働きに疲れた。

肉体的にもだけれど、精神的にすり減ったという感じが1番しっくりくる。

どうしてこんな風になってしまったのだろう。

ちょっと自分は共働きのどこに疲れたのかを考えてみることにする。

 

家に帰ってもご飯ができてなくて疲れた

f:id:shunpon:20170830220007j:image

 

嫁さんは今、時短勤務をしている。

16時に仕事は終わり子供を保育園に迎えに行くと家に帰る頃には17時。

彼女はそれから洗濯物を取り込んで料理を作る。買い物は週末に済ませてしまうのでスーパーに行くことはない。

僕が帰るのはいつも同じ時間で19時半。

正直なところ嫁の帰宅から2時間以上時間はあるのだからご飯はできていて当たり前くらいにはじめ自分は思っていた。

でも殆どの場合、僕が家に帰ってもご飯はできていない。

しかしこれは嫁がさぼっているわけではなくて。

子供が構ってくれなくて大泣きしたり、またイタズラをしたりで時間を大幅にロスするからである。彼女自身がその努力により何とかできる問題ではない。

僕はそれが分かってはいる。だから文句なんて言わないし、ご飯ができていなければ自分のやるべきことをやる。

でもやっぱりしんどい。

心の中でいつもため息が出てしまう。

今日もご飯はできていないんだろうなと考えながら玄関で『ただいま』と言うようになってしまった。

それは家路につく僕の足取りをとてもとても重くする。

 

アイロンもクリーニングもされないスーツを見て疲れた

 

これもまた自分勝手な話だなとは思うのだけれど。子供ができる前まで僕はそれが当たり前だと思っていた。

パリっとしたワイシャツと綺麗に整えられたスーツが目の前に用意されていることが。

でもそれらは自動的に用意されていたわけではもちろんなくて。

嫁さんが僕の為にシャツにアイロンをかけ、スーツに汚れがあればクリーニングに出してくれていたからこそ成り立っていた。

共働きになったことでそんな余裕は彼女になくなった。当たり前の事だと思うし、こんなこと自分がやれば良いのは分かっている。

頭では理解しているのだ。

でも何だろうなぁ。

今までそれを誰かにやってもらうことが当たり前になりすぎてたから鼻歌交じりで数分で終わるようなアイロン作業が、とても面倒で億劫な作業に見えてしまう。

夏ということもあるが僕はスーツにアイロンをしなくなった。シャツも形態安定のものを着回していき毎日アイロンをかけないで済むようにした。

 

家族と休みが合うからこそ疲れた

f:id:shunpon:20170830220034j:image

 

共働きでお互いにきちんと土日が休みだからだろうか。どうしてもそれらの休みを嫁さんや子供にとって有意義なものにしたいという気持ちが自分にはある。

でも正直なところそんなに毎週イベントなんてないしお出かけをする場所も限られる。

また、何より本当は自分はゲームをしていたし寝ていたい。

でもそれができない。

家に嫁さんや子供がいることはとても楽しいし幸せな気持ちになる。でもその幸せを継続していかないといけないという謎のプレッシャーも同時に自分を襲う。

家族サービスに対しての自己満足はいつのまにか僕を押しつぶすまでに成長した。

イイネを欲するインスタ女子みたいなもんだろうか。

とってもしんどい。

 

子供の夜泣きに疲れた

ほとんど毎夜、みんなが寝静まった12時半過ぎだろうか。

子供が非常に大きな声を出して夜泣きをするようになった。

正直なところ先ほど3つあげた不満なんてこの問題に比べたらあまりにも些細なことで。それくらい安眠できないということは自分にとって大きなストレスだった。

僕は毎日SleepCycleという睡眠の度合いを測るアプリを起動して寝ている。

子供が夜泣きをする前と後の結果はこの通りだ。

 f:id:shunpon:20170809181747j:image

 

僕はいつのまにか枝毛が増えて肌も荒れるようになってきた。

 

そしてこれが一番悲しい事実なんだけれど、僕では子供を泣き止ますことができないのだ。

何度となくまたどれだけの間、僕が子供を抱っこしても決して子供は泣き止まない。

その夜泣きを止めることができるのは嫁しかないという現実。

それはさらに僕の内なる孤独を加速化させる。

子供は可愛くて素直だ。そして残酷だ。

僕は子供にとって面白い存在でありお菓子をくれるいい人だけれどそれで終わり。

機能的な役割しか認められていないのだ。代わりはいっぱいいる。

 

嫁に気を使ってもらって別々に寝ることに 

そんな自分のしんどさだったり、眠れないということに嫁さんは気を使ってくれて。

とりあえずお腹の子供が産まれるまで嫁と子供は2階で寝て自分は1階で寝るようにしようと言ってくれた。ありがたい話だった。

でもこれは正直なところ自分の中では認めたくない提案でもあって。

夫婦別の場所で寝ることをその夫婦生活にとっての終わりの始まりみたいに捉えてしまうのは僕だけなんだろうか。考えすぎなのだろうか。

それに嫁だって時短勤務とはいえ、自分よりも大変だと思われる業務をこなして尚且つ家事をしてもらってるのに。。自分だけ逃げるのは道理にあってない。

 

でも僕はその提案を受け入れた。 

今はとにかくしんどい。

1人になりたい。 

そして僕は今1人で寝るようになった。

悲しいことに嫁に対しての罪悪感とは裏腹に体調は劇的に改善した。

ぐっすりと5時間以上寝る事ができたおかげか、荒れていた肌はすぐに元どおりになった。

そして疲労と肌荒れが消えたかわりに嫁に対する後ろめたさが僕には残った。

 

10月には子供が産まれる。

このやり方が一時的な問題の先送りにしかならないことは分かっている。

ただどうしても今はしんどい。

頭ではこれではいけないと分かっているけれど、かたくなに自分の甘えがそれを拒否する。

 

共働きに疲れた。

電車よ永遠に止まらないでくれ。

その駅に自分はもう降りたくないんだ